その時歴史が動いたDVD第102回 ガダルカナル島撤退 ~苦渋の決断~日本NHK纪录片 

 

日本NHK纪录片

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その時歴史が動いた  DVD

第102回
ガダルカナル島撤退
~苦渋の決断~ 

松平定知 アナウンサー
番組概要
その時:昭和17年(1942)12月31日
出来事:ガダルカナル島の日本軍の撤退が正式に決定
 
番組の内容について
今日のその時=「昭和17年(1942)12月31日」
 この日、宮中大広間で開かれた御前会議において、在ガダルカナル島の日本軍の撤退が正式に決定された。ガダルカナル島からの撤退は、太平洋戦争における日米の形勢を逆転させ、戦争の帰趨を決定づける意味を持つものである。またそれまで不敗を誇ってきた日本陸軍にとっても、大きな衝撃を与える出来事だった。

● ガダルカナル島について
現在、南太平洋のソロモン諸島という国のうちのひとつの島である。ソロモン諸島の中心となる島である(首都ホニアラがある)。日本からの距離はおよそ6000キロ。面積は四国の三分の一くらい。日本からの行き方としては、オーストラリアのブリスベンを経由する方法、またパプアニューギニアのポートモレスビーを経由する方法などがある。

● ガダルカナルの戦いについて
ガダルカナルの戦いのきっかけは、日本軍が島に飛行場を建設したことに始まる。
日本軍は開戦以後、各地の戦闘に勝利し占領地域を広げていった。その勢いに乗じ、日本軍は海軍が主導となってさらに戦線の拡大を決定し、ガダルカナル島に飛行場を備えた前線基地を建設しようとする。昭和17年7月、日本軍の飛行場建設のための部隊が島に上陸し、建設を開始。しかし8月7日、アメリカ軍が上陸作戦を敢行し、飛行場はアメリカ軍に占領されてしまう。以後、この飛行場の奪回・防衛をめぐって日本軍とアメリカ軍とによる激しい戦闘が繰り広げられた。戦闘は、昭和17年8月から翌18年2月まで、およそ半年間にわたった。

● 当時の大本営の判断について
アメリカ軍がガダルカナル島に上陸した当時、日本の大本営は、アメリカ軍による本格的反攻とは判断しなかった。当時の大本営の参謀たちの間には、アメリカ軍の反攻は昭和18年になってからという思い込みがあった。昭和17年8月の段階では、まだアメリカは戦時体制が整わず、大兵力を送り出せないという観測をしていたのだ。ところがアメリカ軍は、ソロモン諸島攻略を日本に対する本格的反攻の第一歩として位置付け、十分な戦力のもと戦いに臨んでいた。よって大本営の初動の判断が、その後の戦局に重大な影響を与えたことは否めない。

● 一木支隊ついて
ガダルカナル島奪回の第1陣として島に送られた部隊。一木清直大佐率いる一木支隊は、第一梯団と第二梯団に分かれていたが、8月20日夜から8月21日にかけて突撃を敢行したのは第一梯団の方。一木支隊の戦法は、日露戦争以来、日本軍が得意とする銃剣突撃だった。しかしアメリカ軍の圧倒的火力の前に全滅にちかい被害を受ける。916人中、777人が戦死した。

● 川口支隊について(第二次攻撃について)
一木支隊の敗退後、奪回作戦の第二陣として島に投入された日本軍のうちの主力部隊。
川口清健少将が率いていた。川口支隊は、一木支隊の失敗を受け、ジャングルを迂回するという作戦を取った。しかし地形を記した正確な地図を持っていないなど、準備が不充分だったため、兵士たちは困難なジャングルの行軍を強いられた。部隊もバラバラになるなど、統制の取れた動きが出来なかった。そのため9月13日夜に総攻撃をかけるが失敗してしまう。またすでにこの頃から、日本軍は物資の輸送に苦しんでいた。輸送船では多大な被害が予想されるため、日本軍は駆逐艦を利用して輸送を行った。この作戦は、夜間アメリカ軍の目を盗んで行われたことから「鼠輸送」と呼ばれた。
なおジャングルの行軍のシーンで引用したのは、吉野平一陸軍軍医の日記。現物は、アメリカの国立公文書館にある。

● 第二師団について(第三次攻撃について)
第二次攻撃の失敗後、ガダルカナル島に送りこまれた精鋭部隊。兵力およそ一万人。
当初、第二師団を主力とする第3回攻撃は十分な装備のもとに、正面からの突破を考えていた。しかし物資の輸送の困難さと、アメリカ軍の火力の予想以上の充実振りから、作戦を変更、ジャングルを迂回する作戦が取られた。作戦の決定は、辻中佐を含む現地の首脳部でなされた。飛行場の西側のジャングルを切り開くというルートが取られたが、迂回路は約40kmにも及び、兵士たちは行軍に難渋した。その迂回路は、師団長丸山中将の名を取って「丸山道」と呼ばれる。戦いの後半では丸山道は白骨道と化していくことになる。第三次攻撃は、10月24日から26日にかけて行われたが、やはりアメリカ軍の砲火の前に失敗を喫してしまう。

● VTR④で引用したもの
・乾源次郎中尉の日記
「朝に一基、夕べに二基、新墓標が立つのである。薬物とて何一つない。ただ衰弱者は死期のいたるを待つばかりなのである。木村が死んだ。雨のそぼ降る晩である」
・ 山本五十六が部下に語った言葉
「正しいことを言うのは、嘘をつかないということよりも難しいことだな。よしこの俺が悪者になって陛下に申し上げよう」
・ 永野修身軍令部総長の上奏
「ガ島奪回作戦を中止し、在ガ島部隊を撤収いたします。つつしみてご裁可をあおぎ奉ります。当初の見とおしを誤りまして、ことここにいたりましたことは、きょうくの至りに堪えざるところでございます」
・ 撤退に関する大本営発表
「ソロモン群島に作戦中の部隊は、昨年8月以降、激戦敢闘よく敵を撃砕しつつありしが、その目的を達成せるにより、二月上旬同島を徹し他に転進せしめられたり」

● エンディング
ガダルカナル島の海岸に乗り上げているのは、日本の輸送船・鬼怒川丸。
海岸はボネギ海岸。よく本や関係者は、タサファロング海岸と言うが、現地の人によれば厳密にはボネギ海岸になるという。そのため番組では、一応現地の事情に従いボネギ海岸とした。 
 

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