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第138回
源義経、大水軍を奪いとれ!
~壇の浦の戦い、奇跡の逆転劇~ |
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松平定知 アナウンサー |
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番組概要
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その時:元暦2(1185)年 3月24日 |
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出来事:壇の浦の戦いで源義経が平家を滅亡させる |
平安時代末期、貴族から武士へと時代が動く中、武士の二大勢力・源氏と平家が雌雄を決する戦いにのぞんだ。壇の浦の戦いである。
「平家にあらずんば人にあらず」とまでうたわれ、圧倒的な権勢を誇った平家に立ち向かったのは源氏の武将・源義経だ。天才的な戦術を擁し、次々と戦いに勝利してきた義経。しかしそれまでの道のりは苦難の連続だった。
平家から追われる身となってさまよい歩いた逃亡生活。兄・頼朝からは冷遇され、平家追討軍から外されてしまう。さらに瀬戸内海を拠点に圧倒的な水軍力を誇る平家に対し、義経はまともな水軍を持っていなかった。
そんな中、義経は、わずか5艘の船で嵐が吹き荒れる海へ乗り出していく。奇襲戦法で屋島の戦いに勝利した義経を見た瀬戸内海の水軍は、次々と源氏方へと味方し始めた。そして瀬戸内海最強ともいわれた熊野と阿波の二つの水軍の動向が、壇の浦の戦いの勝敗の行方を決することになる。
名将・源義経が、天才的なひらめきと命をかけた突撃で不利な状況を打開し、栄華を極めた平家を打ち破った瞬間を描く。 |
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番組の内容について
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源義経肖像画
中尊寺(ちゅうそんじ)所蔵
平清盛肖像画
宮内庁三の丸尚蔵館所蔵
源義朝像(平治物語絵巻より)
(財団法人)大和文華館所蔵
後白河法皇肖像画
宮内庁三の丸尚蔵館所蔵
清盛が造営した厳島神社
厳島神社が現在の規模の社殿になったのは清盛の造営によると言われています。ただし、13世紀に火災によって焼失したため、正確に言うと、現在の社殿はその時再建されたものです。
安徳天皇肖像画
泉涌寺(せんにゅうじ)所蔵
「腰越状」(こしごえじょう)
満福寺(まんぷくじ)所蔵、常時展示中。
伝・源頼朝像
神護寺(じんごじ)所蔵
「吾妻鏡」(「東鑑」・あづまかがみ)
国立公文書館内閣文庫所蔵
源義仲肖像
徳音寺(とくおんじ)所蔵
湛増銅像
闘鶏神社(とうけいじんじゃ)
●登場人物の言葉、エピソードなど
義経が兄・頼朝にあてて送った手紙「腰越状」に書かれた言葉
「ある時は、高い岩山を馬にむちうって駆け抜け、ある時は、荒海にこぎ出して魚の餌食となることも顧みず、必死に戦ってきました。それなのに今、兄上に疎んじられ、深い嘆きにくれています。永い間、兄上には会うこともできません。骨肉を分けた兄弟の絆も今は空しく、実に悲しみにたえません。」(訳)
<原文>「吾妻鏡」 元暦2年5月(腰越状)
「ある時は峨々たる厳石に駿馬をむちうち、
敵のために命を亡ずるを顧りみず、ある時は漫々たる大海に風波の難をしのぎ、身を海底に沈めて骸を鯨げいのあぎとにかくるを痛まざりき、(中略)しかりといへども、今愁ひ深くなげき切なり、(中略)永く恩顔を拝し奉らず、骨肉同胞の儀すでに空しきに似たり、(中略)悲しきかな」
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