その時歴史が動いたDVD第181回 日露戦争100年/二〇三高地の悲劇はなぜ起きたのか~日本NHK纪录片 

 

日本NHK纪录片

日本语世界--影片介绍

その時歴史が動いた  DVD

 第181回
日露戦争100年/二〇三高地の悲劇はなぜ起きたのか
~新史料が明かす激戦の真相~

松平定知 アナウンサー
番組概要
その時:明治37(1904)年11月27日午前10時
出来事:二〇三高地総攻撃命令が下った時
 極東ロシア軍の重要拠点を日本軍が陥落させ、日露戦争の大きな分水嶺となった、旅順攻略戦。昨年、ロシアから、旅順の攻防をロシア側から記録した写真群が発見され、この戦いの新たな実像が浮かび上がった。番組では、日露戦争100年を期に、二〇三高地攻略がなぜ決行されたのかを、その実像をロシアで新発見された記録写真と大本営、陸軍、海軍の間で交わされた極秘電報などから明らかにする。
番組の内容について
「二〇三高地」という用語及び表記について
「二〇三高地」とは日本軍がつけた呼び名です。現在の中国における地名は、「猴(もしくは後)石山(こうせきざん)」。遼寧省大連市旅順新市区の西三キロの地点にあり、現在は山頂が「二〇三高地風景区」という観光地となっています。
 1894年の日清戦争時に、陸軍の測量部が標高203メートルと測量したことから、「二〇三高地」と呼ばれていました(実際の標高は208メートルといわれています)。現在の中国でも前述の通り、観光地として「二〇三高地」という呼び方が通用している点から、番組では一貫して「二〇三高地」と呼んでいます。
 また、「二〇三」という表記については、『国史大辞典』(吉川弘文館)の表記に従い、資料でも頻見される「二〇三」という表記にしました。元々標高を表す文字ですので、資料によっては「二百三」などの表記になっているところもありますがどちらでも構いません。また、陥落後命名された「爾霊山」という表記が使われている資料もありますが、番組の対象としているのは陥落前のため、使用してません。

●新発見史料について
 ロシア?モスクワ郊外のクラスノゴルスクという街にある、ロシア国立映像写真資料館(別名クラスノゴルスク?アーカイブス)に所蔵されていました写真アルバム「1904?5 Port Arther」(Port Artherとは旅順を意味します)所収の380点の写真です。その大部分が日本でも未見の写真であるため、研究的価値は非常に高いと考えられています。来歴等の詳細は未だ不明で、今後の研究が俟たれています。番組中のクレジットは、写真に記載されておりましたクレジットに基づいています。

● 再現CGについて
 今回の新出写真、ならびに旅順占領後陸軍によって作られました『明治三十七八年 日露戦史』(以後『公刊戦史』と略)の付図にある図面を元に作成しました。また、防衛研究所図書館資料室調査員の原剛さんからご指摘頂き、参考としました。

● 使用した映画について
 東映が1980年に配給しました「二百三高地」(監督?舛田利雄 脚本?笠原和夫)を、番組内にて使用しています。
 現在、DVDで販売されております。
  「二百三高地」DSTD-2311 定価 4,725 円(税込) 発売:東映
映画に関するお問い合わせは、東映(株)にご連絡ください。
東映株式会社 〒104-8108 東京都中央区銀座3-2-17

● 番組内で紹介した電文について
電文はいずれも、防衛研究所図書館に所蔵されています。来館して所定の手続きを取れば、閲覧可能な資料です。
防衛庁防衛研究所図書館
〒153-8648 東京都目黒区中目黒2-2-1
電話: (03)5721-7005(代表)内線6558
使用したもの及び典拠は以下の通りです。

「東鶏冠山から二龍山に至る間は???水壕あり。」?「参通綴 明治37年8月7日」
「海軍の責任ある申し込みを???止める訳にはいかず」?同 明治37年8月11日
「強襲を以て??不可能に属す」?同 8月24日

「10月7日???運動力を有せざるものと判断す」?「号外電報」第六一八
「10月13日???戦闘力なきものと判断す」?「号外電報」第六四一

「明治天皇勅語」?「参通綴」11月22日
なお、映像上見やすくお伝えするために、映像加工して紹介している箇所もあります。

●昭和館のシーンで紹介した写真について
写真は昭和館所蔵で、ロシア租借下の旅順にて撮影されたものを、陥落後に日本軍が接収したものです。まだ整理段階であり、非公開資料となっています。
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-1 昭和館
TEL.03-3222-2577 FAX.03-3222-2575▼番組の中で引用した主な言葉について

● 二〇三高地攻撃に参加した将校の言葉
「ああ惨劇、虐殺以上の惨劇???(中略)???敵の鉄条網切断部に至る数十メートルの地面は、瞬時にして一面我が兵の死体をもって覆われ、尺寸の地をも余さざるに至った。???(後略)」
※なお、原文の文字を現代常用漢字に表記を改めている部分があります。
猪熊敬一郎『鉄血』より

●エンディング:乃木希典の言葉
「幾万の将卒を犠牲としたることの悲しくもまた慙づかしく、今更何の面目あって諸君と相逢ふの顔(かんばせ)かあらん。」
乃木が日露戦争後語ったといわれる言葉です。

●エンディング:帰還兵の回想
「余は、まず母の衰えの甚だしいのを見て泣いた。余は、母に向かって言うべき言葉を知らず、ただ一言『ご心配をかけまして』というの他なかった。母上も喜びの余り暫くは顔も上げたまわぬ。ああ余の一生はこの『ご心配』の語にて尽きている。」
前掲、猪熊敬一郎『鉄血』より。
猪熊敬一郎は、陸軍少尉として旅順?奉天の会戦に参加した後、帰国後明治四四年に死亡しました。この本は従軍中の日記を元に、死の間際に妻に口述筆記させた日露戦争の従軍回想録です。引用した箇所は、本の最後、日露戦争から帰ってきて母と再会した時のことを述懐した部分です。
なお、読みやすいように原文を一部現代表記に改めています。
番組中に登場した資料について
▼番組中にて使用した写真について
●乃木希典写真(番組を通じて主に使用しているもの)???文殊社
●旅順艦隊写真???文殊社
●乃木希典写真(入り口の外で椅子に腰掛けているもの)
 アメリカン?フォト?ライブラリー
●山県有朋???NHK局内資料
●明治天皇???NHK局内資料
●日清戦争入城写真???財団法人 亀井温故館
●ロシア兵捕虜???ペンタックスカメラ博物館
●28サンチ砲写真???バートン?ホームズ?コレクション
それ以外の使用写真は、ロシア国立映像写真資料館の写真です。

参考文献
【参考資料】
参謀本部編『明治三十七八年 日露戦史』第五巻?第六巻?第六巻付図
陸軍省編『明治天皇御伝記史料 明治軍事史(上)(下)』(原書房1966年)
沼田多稼蔵『日露陸戦新史』岩波新書 1940年
児玉襄『日露戦争』(文芸春秋社 1990年)
島貫重節『戦略日露戦争』(上)(下)(原書房)
大江志乃夫『世界史としての日露戦争』(立風書房 2001年)
谷壽夫 『機密日露戦史』(原書房、1966年)
大濱徹也『乃木希典』(河出文庫 1988年)
半藤一利?戸高一成『日本海海戦かく勝てり』(PHP研究所 2004年)
猪熊敬一郎『鉄血』(明治出版社 明治44年)
歴史群像シリーズ『日露戦争 陸海軍、進撃と苦闘の五百日』学研 1991年
朝日新聞社編『名将回顧 日露大戦秘史?陸軍編』
平塚柾緒『日本の戦歴 日露戦争(上)旅順攻略戦』(学研M文庫 2001年)
デニス?ウォーナー?ペギー?ウォーナー著 妹尾作太郎?三谷庸雄共訳
『日露戦争全史』(時事通信社 1978年)
ロストーノフ編 大江志乃夫監修 及川朝雄訳『ソ連から見た日露戦争』(原書房 1980年)
別宮暖郎『「坂の上の雲」では分からない旅順攻防戦』(並木書房 2004年)
 

■色彩

彩色

■字幕

部份日语字幕

■音声

日语

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DVD 1 张 12 元 (可在DVD机和电脑上播放)

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