その時歴史が動いたDVD第204回 百世の安堵をはかれ 安政大地震?奇跡の復興劇日本NHK纪录片 

 

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その時歴史が動いた  DVD

第204回
百世の安堵をはかれ 安政大地震?奇跡の復興劇

松平定知 アナウンサー
番組概要
その時: 安政5年(1858)12月
出来事:安政大地震によって壊滅した紀州広村で、醤油店当主の濱口梧陵が村人と共に復興に取り組み、津波を防ぐ堤防を完成させた。
 幕末、日本は立て続けに三度の巨大地震に見舞われた。死者2万人を超える大惨事となった「安政大地震」である。しかし幕府や諸藩は、地方村落の惨状には目を向けようとしない。こうした中、自らも被災者でありながら、村を復興すべく人々の先頭に立った男が、紀州広村の大商人?濱口梧陵である。
 夜、村を地震が襲い、巨大津波が押し寄せる。ところが闇夜のため、高台の方角が分からずに逃げ遅れた村人がいた。この時、濱口は前代未聞かつ命がけの手段で、村人を避難させることに成功。村人の命は救われた。
 ところが震災後、度重なる津波被害に怯えた村人たちは、安住の地を求めて村を捨て始める。村存続の危機に濱口は、二度と津波に襲われないよう、堤防を作ることを提案。ようやく村は復興に向けて歩み始めたかに見えた。が、その矢先、またも濱口の身の上を巨大地震が襲う。果たして、堤防建設に賭けた村の復興はかなうのか…。
 番組は、地震直後から堤防建設に至る濱口と村人の行動を新史料などをもとに追い、一度は捨てようとした故郷を「安心して住める村にしよう」と村人たちが決意するまでを描く、知られざる奇跡の復興劇である。
番組の内容について
登場人物の言葉、エピソードなど

■ 濱口梧陵について
?紀州広村(和歌山県広川町)で生まれ育った大商人。代々、醤油店(現在のヤマサ醤油)を経営し、濱口はその七代目にあたります。安政元(1854)年、濱口は35歳の時に、紀州広村において安政大地震に遭遇しました。濱口梧陵についての最も詳しい資料は「日本評論社 楚人冠全集第七巻『濱口梧陵伝』」ですが、昭和12年発刊の書籍ですので、大きな図書館か古本屋などでしか入手できません。

■ 戦前の教科書及び小泉八雲の作品について
?濱口梧陵が村人を津波から救った「稲むらの火」のエピソードは、戦前の教科書「尋常科用 小学國語読本巻十 文部省(昭和12年発刊)」に、「稲むらの火」として載っていました。復刻版がでていますので、大きな図書館で閲覧可能です。また、小泉八雲(ラフカディオ?ハーン)は作品「A living God --? GLEANINGS IN BUDDHA-FIELDS」の中で、濱口梧陵を欧米に紹介しています。この作品も図書館で閲覧可能です。

■ 「稲むらの火」が創作のお話しかどうかについて
?戦前の教科書や小泉八雲の作品では一部、設定やストーリーが脚色されています。例えば、主人公の濱口梧陵が「年老いた人物」として描かれたり、また名前も「五兵衛(実際の本名は儀兵衛」)」となっている点などです。ですが、村人を稲むらの火によって津波から救ったエピソードや、堤防を建設して復興を成し遂げたストーリーは史実です。今回、番組でも紹介しています広村の地震記録「安政聞録」でも裏付けられています。

■ 「安政聞録(あんせいもんろく)」について
?紀州広村の地震記録で、和歌山県広川町の養源寺の秘蔵史料です。過去に地震関係の大きな展覧会などには出品されたこともありますが、傷みが激しいため、基本的に一般には未公開の史料となっています。今回の番組では、養源寺の了解を得て、ほぼ全文を調査し、番組の基本史料としました。

■ 地震直後の広村の様子について *以下、引用した文章?言葉など
「大地震して悉く崩落。土塀は手を反す如く、あるいは地ひびわれ、弱き家は是に倒れ、怪我人有。」(安政聞録)

■ 濱口梧陵が見た地震直後の海の様子について
「俄に日色、朦朧として光を失う。時々火の光、天を焦がし、大雷の如き音、遠近に響く。」(安政聞録)

■ 濱口梧陵が津波に襲われた時の様子について
「瞬時にして潮流半身を浸し、且沈み、且浮ぶ。」(濱口梧陵の手記)

■ 逃げ遅れた村人の様子について
「次の津波が来ようとする時だった…。逃げる方角が分からず、窮地に陥り、『こんなところで海の鬼となるのか』と、みな悲鳴を上げた。」(安政聞録)

■ 濱口梧陵が稲むらに火をつけた時の様子について
「黄昏で道も分からないほど暗かったため、智略を発して、野に積んであった藁に火を放った。」(安政聞録)■ 逃げ遅れた村人が稲むらの火を見た時の様子について
「たちまち火が燃え上り、火が天に昇ったように明るくなったので、これに気を励まして、上へ上へと逃げることができた。」

■ 安政南海地震から一夜明けた広村の様子について
「田面には屋材家具の流散するあり。人家は概ね崩壊して、唯二三の旧態を存するあるのみ。人生の悲惨、ここに至りて極まれりと謂うべし。」(濱口の手記)

■ 地震後の村人たちの様子について
「人々の動揺は依然として静まることなく、加えて、再び津波が来るとの噂が流れ始めた。村人たちは、そのうち土地を嫌うようになり、村から離散する者も相次いだ。」(濱口梧陵伝)

■ 濱口梧陵が復興策を考えた際の基本となった考え方
「各人、自営に就くの思念を復す」(濱口梧陵伝)

■ 濱口梧陵が紀州藩へ堤防建設を上申した時の言葉
「浪除土手の造築、御免許蒙奉候。右工費は乍恐私、如何様にも勘弁仕る。」(濱口梧陵伝)

■ 濱口梧陵が堤防建設の趣旨を村人たちに伝えた言葉
「私が望むのは、昔のような広村を取り戻すことだけです。」(濱口梧陵の手記)

■ 堤防建設を始めた村人たちの様子について
「日々之に従事するもの四、五百人。老幼婦女と雖も多少の労働に堪へ得る限りは之を使用し、一日の労働を終われば、それぞれ日当を給したれば、村民の喜び一方ならず。」(濱口梧陵伝)

■ 濱口梧陵が村人に残した言葉
「一年後には、必ずや帰ってくるから、その時には、皆で堤防を完成させよう。」(濱口梧陵伝)

■ 村人たちから濱口梧陵への便りの内容について
「今、神社を建てる材木を準備しているところでございます。と申しますのも、堤防を作り上げたあかつきには、感謝の気持ちを込めて旦那様を村の守り神にしようと皆で話し合ったのです。」(濱口梧陵伝)

■ 濱口梧陵が広村に送った手紙の内容
「話したいことは山ほどあります。毎日毎晩、村のことを思い、気にかけています。今年の春には、村に戻るつもりでいたのですが、帰るに帰れないのです。それでも堤防の完成が遅れてもいけませんので、夏の畑仕事が一段落したらどうか早々に、工事に取りかかって下さい。」(濱口梧陵伝)

■ 濱口梧陵の復興への信念をあらわした言葉
「災害百般の庶政に従事し、衆と共に生命を繋ぐも、今尚、坐して席の暖かならざるを覚ゆ。是れ築堤の工を起して、住民百世の安堵を図る所以なり。」(濱口梧陵の手記)

■ 濱口梧陵が震災の教訓として残した言葉
「万が一の時になって、思いをめぐらすのではなく、常日頃から非常の事態に備え、一生懸命にわが身を生かす心構えを養うべきである。」(濱口梧陵伝)

番組中に登場した資料について
絵図「大地震焼失市中騒動図」:東京大学地震研究所
地震史料「安政聞録」:養源寺
安政南海地震の津波シミュレーションCG:京都大学防災研究所巨大災害研究センター
江戸時代のヤマサ醤油店の絵図:ヤマサ醤油
濱口梧陵銅像(晩年の銅像):問い合わせは、和歌山県庁広報室
●再現シーンのロケ地
神社境内?再現ドラマロケ現場:広八幡神社(和歌山県有田郡広川町)
醤油蔵?再現ドラマロケ現場:入正醤油(千葉県香取郡東庄町)

参考文献
? 楚人冠全集第七巻「濱口梧陵伝」 杉村広太郎著 日本評論社 (濱口梧陵の伝記)
? 「もえよ 稲むらの火」 桜井信夫著 PHP研究所 (子供向けの濱口梧陵の伝記)
「ヤマサ醤油店史」 ヤマサ醤油編 (ヤマサ醤油の店史?非売品)
「醤油醸造業史の研究」 林玲子編 吉川弘文館
「日本被害地震総攬」 宇佐見龍夫著 東京大学出版会
「日本被害津波総攬」 渡辺偉夫著 東京大学出版会
「防災白書」 内閣府
「地震発生のしくみと予知」 尾池和夫著 古今書院
「図解雑学 地震」 尾池和夫著 ナツメ社
「活動期に入った地震列島」 尾池和夫著
「広川町誌」 広川町  など
 

■色彩

彩色

■字幕

部份日语字幕

■音声

日语

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■价格

DVD 1 张 12 元 (可在DVD机和电脑上播放)

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