その時歴史が動いたDVD第232回 家康が最も恐れた男~敗者 石田三成の関ヶ原~日本NHK纪录片 

 

日本NHK纪录片

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その時歴史が動いた  DVD

第232回
家康が最も恐れた男 
~敗者 石田三成の関ヶ原~ 

松平定知 アナウンサー
番組概要
その時:慶長5(1600)年9月15日
出来事:関ヶ原の戦いで石田三成率いる西軍が徳川家康の東軍に敗れる
 関ヶ原の戦いで徳川家康と死闘を繰り広げ、敗者となった石田三成。しかし、その緻密な才知と大局を見通す構想力は、家康を最も恐れさせる存在だった。豊臣秀吉のもと天下統一事業に辣腕を振るう三成は、戦乱の世を終わらせ新たな国造りを目指す。しかし、秀吉の死後、天下とりを狙う家康がその行く手を阻む。苦闘の末、三成は家康打倒の大戦略を編みだし、天下分け目の戦いに挑む。関ヶ原合戦を敗者・石田三成の側から描く。
番組の内容について
 ○三成を評価した秀吉の言葉について
「三成こそは天下にはばかるほどの知恵者である」
幕末の武士・岡谷繁実が古今の名将たちの言行を集め、明治42年に刊行した『名将言行録』に採録された秀吉の言葉を現代語訳しました。
一般的な書籍としては、昭和42年、新人物往来社より出版されています。

○三成が秀吉に仕官した経緯について
「秀吉公、三成の才智謀慮あるを知り、3百石にて召し出さる」
京都市の妙心寺寿聖院という寺院に残された石田家の過去帳『霊牌日鑑』の記録を要約しました。
この史料は一般公開されておらず、活字化もされていません。寺院自体も一般公開していません。今回は特別に許可をいただいて撮影しました。

○「賤ヶ岳の戦いで石田三成が先陣をきった」というナレーションについて
戦国時代の武将一柳家の記録『一柳家記』の記述によりました。
原文は「…其時之先懸衆(先陣を切った人々のこと)ハ加藤虎之助(清正)、大谷桂松(吉継)、石 田左吉(三成)、片桐助作、平野灌平、奥村半平、福島市松(正則)、同輿吉郎、大島茂兵衛、一柳次郎兵衛、同四郎右衛門、稲葉清六…。」
原史料は国立公文書館の内閣文庫で閲覧できます。
★国立公文書館 〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園3番2号
電話03-3214-0621(代表)
一般的な書籍としては『改定史籍集覧14巻』で見ることができます。

○史料『一柳家記』に記された三成の幼名・「石田左吉」とテロップ表記「石田佐吉」が異なることについて 石田三成の幼名の表記に関しては「佐吉」と書いてあるものと「左吉」と書いてあるものと両方があり、三成自身の書状でも両方の表記が使われています。しかし、研究者の間では一般的に「佐吉」が使われていること、『国史大辞典』といった辞書類でも「佐吉」の表記が用いられていることが多いことを考慮し、テロップ表記は「石田佐吉」といたしました。
(「検地」の説明部分で紹介した史料『検地帳』の三成の幼名「石田佐吉」とテロップ表記の「石田佐吉」が異なることについても、上記と同様の理由です)

○番組の中で出てきた検地尺や検地升はどこで見ることができるのか?
<検地尺>鹿児島市の尚古集成館(薩摩藩島津家の史料を集めた博物館)に保管されています。
★ 尚古集成館 〒892-0871 鹿児島市吉野町9698-1
電話099-247-1511 
        開館時間  8:30~17:30  年中無休
<検地升>大阪府教育委員会文化財保護課文化財調査事務所に保管されています。
     ただし、平時は一般公開されていません。今回は特別に許可をいただいて撮影しました。

○秀吉が三成の領地を加増した際に三成がこれを断った時の言葉について
「私が九州の大名になってしまったら大坂で政務を執る人がいなくなります。」
慶長三年(1598)に三成が家臣の大音新介に出した書状の言葉を要約したものです。
この書状は現在、大阪市の大阪城天守閣に保管されています。また一般的な書籍としては、昭和45年に朝日新聞社から出版された『戦国武将25人の手紙』(岡本良一・著)に掲載されています。
★ 大阪城天守閣 〒540-0002 大阪市中央区大阪城1-1
         電話06-6941-4030

○秀吉の死後、三成が家臣に対し、豊臣の天下を維持していく決意を語る言葉について
「天下が騒乱にあった時、太閤様が現れ世をしずめ、今ようやくこの繁栄を得た。
誰が跡継ぎの秀頼公の世になることを祈らないものがあろうか」
『名将言行録』に採録された三成の言葉を要約しました。(書籍の詳細は上記参照)

○「天下は回り持ちである」という家康の言葉について
「天地の格は定まりたることなきものなり」
家康の逸話集『披沙揀金(ひされんきん)』に載っている家康の言葉から引用しました。
原史料は国立公文書館の内閣文庫で閲覧することができます。(連絡先は上記参照)
また一般的な書籍は、全国東照宮連合会が編纂した版が平成10年に出版されています。
(国会図書館など大きい図書館で見ることができます)

○家康の行動を警戒する石田三成の言葉
「徳川殿、権威日々に増長すべし」。
戦国武将の言行を集めた江戸時代の書物『常山紀談』にある三成の言葉を要約しました。
原史料は国立公文書館の内閣文庫で閲覧することができます。(連絡先は上記参照)
また一般的な書籍としては、岩波文庫から昭和63年に出版されています。(現在は絶版)

○五大老・五奉行制について
秀吉の晩年に定められた制度で、「五大老」(徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・毛利輝元・上杉景勝)と、「五奉行」(石田三成・前田玄以(げんい)・増田長盛(ました・ながもり)・浅野長政・長束正家(なつか・まさいえ)が、幼い秀頼を補佐しながら秀吉没後の政治を合議で決めていくことを定めた制度。
秀吉が死んで半月後の慶長8年9月3日に、この10人が書いた起請文が残されており、番組内で紹介した条文は、この中の一つを要約したものです。
「重要な課題に関しては、大老・奉行10人の合議で取り決める」
原史料は毛利博物館所蔵の『毛利文書』で見ることができます。
一般的な書籍としては、『大日本古文書』の家わけ第八巻・毛利家文書之三という巻にあります。(P246 資料番号962)(国会図書館など大きな図書館で見ることができます)
★毛利博物館 〒747-0023 山口県防府市多々良1-15-1 
       電話0835-22-0001

○三成に引退を勧告した家康の言葉について
「今回の騒動は三成殿にも責任がある。自国に戻って1、2年謹慎されよ」
戦国武将の言行を集めた江戸時代の書物『古今武家盛衰記』にあった家康の言葉を要約しました。
原史料は国立公文書館内閣文庫で見ることが出来ます。(連絡先は上記参照)
また活字化されたものは『国史叢書』シリーズの第8巻にあります。(国会図書館など大きな図書館にあります)

○家康討伐の計画をめぐる石田三成とその友人・大谷吉継のやりとりについて
三成「天下は家康のものになろうとしている。戦いによって除くべし」
大谷吉継「三成とは昔からの親しい友だ。今さら見放すわけにもいかない」
慶長年間の武将の言行を集めた『慶長見聞書』に書かれた石田三成と大谷吉継の密会の記述から要約しました。
原史料は国立公文書館内閣文庫で見ることができます。(連絡先は上記参照)
また昭和54年に出版された『関ヶ原合戦史料集』(藤井治左衛門・編新人物往来社)で読むことができます。

○三成が奉行仲間とともに起草した徳川家康弾劾状について
「今度の家康公の行いは、太閤様に背き、秀頼様を見捨てるが如き行いである」
これは『内府ちかひ(ちがい)の条々』と呼ばれる書状で、三成が故・秀吉の法度に背いた家康の罪十三か条を挙げ諸大名に檄を発したものです。『筑紫古文書』という書物に全文がのっています。
原文は国立公文書館内閣文庫で閲覧することができます。また一般的な書籍では上記『関ヶ原合戦史料集』で読むことができます。

○毛利配下の大名と家康が交わした密約について
「戦闘に参加しなければ、毛利の所領は保証する」
毛利配下の吉川広家に対し、家康方の武将・井伊直政、本多忠勝が送った誓書を要約しました。
原史料は山口県岩国市の吉香神社に保管されています。(一般には非公開です)

○関ヶ原の戦いの直前、三成が仲間に送った手紙について
「小早川秀秋が敵と内通し、敵は勇気づいているという」
「毛利が出馬しないことを味方の諸将は不審がっている」
「人の心 計りがたし」
これは江戸時代に書かれた武将の言行録『古今消息集』に収められた増田長盛宛て9月12日の書状を要約したものです。原史料は国立公文書館内閣文庫で閲覧することができます。
また『関ヶ原合戦史料集』で読むことが出来ます。(書籍は上記参照)

○関ヶ原直前の三成の手紙を紹介した箇所でナレーションは「小早川が敵と内通し敵は勢いづいているという」といい、テロップは「大人 数で敵へ申しかたる」となっているが?
原文では「佐和山口から来た兵(小早川の軍勢を指す)が、大軍を擁して敵と内通し(中略)敵方は勢いづいている」。
 と書かれています。このためナレーションでは文意を要約し、画面では小早川が「内通した」とわかる箇所にテロップを紹介しました。

○関ヶ原の合戦における三成の戦いぶりの記述について
「三成は戦下手と評されていたが、その戦いぶりは尋常ではなかった」
江戸時代初期に書かれた天正・元和年間の記録を集めた書物『天元実記』の関ヶ原合戦の描写を要約したものです。原文は国立公文書館・内閣文庫で閲覧することができます。(現在、一般書物では出版されていません)

○捕縛された後の三成が語った「再起への決意」について
「私は再起するつもりでいた」
『名将言行録』(上記参照)に紹介された三成の最期に関する逸話から意訳しました。

○三成の最期を聞いた家康の感想について
「さすが三成は日本の政務を執りたる者なり。命をみだりに棄てざるは将の心とする所。恥辱にあらず」
『常山紀談』(上記参照)の中の家康の言葉を引用いたしました。

○石田三成、辞世の歌について
「筑摩江(ちくまえ)や 芦間(あしま)に灯すかがり火と ともに消えゆく わが身なりけり」
「築摩江」とは琵琶湖の東北岸沿いの土地の呼び名で、ここは三成の故郷でした。この歌は死を前にした三成が、湖岸のかがり火のはかない明かりに自分の姿を託して詠んだものといわれています。
 

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