その時歴史が動いた DVD第三回 天下分け目の天王山~秀吉・必勝の人心掌握術~

 

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その時歴史が動いた  DVD

 第三回 天下分け目の天王山
~秀吉・必勝の人心掌握術~

松平定知 アナウンサー
番組概要
その時:天正10年(15822)6月13日
出来事:天下分け目の天王山で秀吉勝利
 天下分け目の天王山。天正10年(1582)6月13日、天王山の麓・山崎の地で、羽柴秀吉が明智光秀を討ち果たし、織田信長亡き後の、天下取りを決定づけた一戦です。この戦いの両軍の兵力は、秀吉軍が2万8千、光秀軍は半分以下の1万3千でした。 しかし、合戦のわずか10日前までは、この兵力比は逆でした。秀吉は巧みな情報操作やスローガンで味方を増やしたのに対し、光秀は援軍を得られなかったのです。 番組では、秀吉が得意の人心掌握術で味方を増やし、天下分け目の一戦で勝利を収める瞬間までを描いていきます。
番組の内容について
「天下分け目の天王山」という呼称について
この戦いは通常、「山崎の合戦」と呼ばれています。
今回の番組では、前哨戦である天王山の争奪戦が、合戦全体に大きな影響を及ぼしたこと、また「天下の趨勢を決した運命的な決戦であった」ニュアンスを出すために、上記の様な呼称を使いました。
現在の天王山と山崎の地
天王山は標高270.4メートル。
頂上まで登山道が整備されていて、麓から1時間~1時間半程度で登ることができます。7合目付近には、合戦の碑が立てられ、番組で紹介した「旗立松」があります。またこの場所からは、主戦場となった山崎の地が一望できます。山崎の地は現在、おもに市街地や工場、畑となっています。
交通:JR山崎駅下車、登山道入口まで徒歩5分。
阪急電鉄大山崎駅下車、登山道入口まで徒歩10分。
問い合わせ:京都府大山崎町役場 ℡075-956-2101
また地元の京都府大山崎町に、大山崎町歴史資料館(℡075-952-6288)があり、山崎の合戦のVTR上映(この番組とは違います)など、さまざまな知識や情報を得ることができます。
交通:JR山崎駅下車、徒歩5分。
阪急電鉄大山崎町下車、徒歩1分。
両軍の兵力について
両軍の兵力については、諸説あります。具体的な数は、秀吉軍2万~4万、光秀軍1万~1万6千といったところです。番組では、複数の研究者の方々にご教授いただき、秀吉軍2万8千、光秀軍1万3千としました。
光秀の毛利宛の手紙
番組内の、「秀吉を非難し、自分が信長を討ったことを記した」という内容は、『別本川角太閤記』記載の毛利宛の手紙より抜粋引用しました。『別本川角太閤記』は、大日本史料11編の1に載っています。 図書館などでご覧ください。
備中高松城跡
岡山県岡山市にあり、現在は記念公園になっています。 城郭などの建物は残っていませんが、城址として整備されています。  
交通:JR吉備線・備中高松駅から徒歩10分。
問い合わせ:岡山市教育委員会 ℡086-233-4127        高松城址保興会  ℡086-287-2330
(高松城の保存・研究などを行っている団体です)
高松城水攻地理之図
江戸時代の地理学者・古川古松軒(1726~1807年)の手による絵図です。 岡山県総合文化センターが所蔵しています。
秀吉の毛利宛の起請文
番組内の、「秀吉は、信長の死を隠して、毛利方と和睦を結んだ」という内容は、『江(ごう)系譜』より抜粋引用しました。国立国会図書館が所蔵しています。
秀吉の中川清秀宛の手紙(6月5日付)
番組内の、「信長様は、光秀の攻撃をきりぬけて無事である」という内容の手紙原本は、大阪府茨木市の梅林寺が所蔵していますが、都合により閲覧することはできません。大阪城天守閣に写本があります。
秀吉の夜久氏宛の手紙
番組内の、「いよいよ、今後往来あるべく候(=この後、秀吉の使者が頻繁に夜久氏の 領土を行き来する」という内容の手紙原本は、東京大学史料編纂所が所蔵しています。三重大学・藤田達生助教授の研究により、この手紙が天正10年のものであると判明しました。そこで番組では、同助教授の研究を元に、解説と併せて紹介しました。
秀吉のスローガンについて
番組内の、「信長様の弔い合戦に挑む決心をした」という内容は、『太閤記』および『清水宗治由来覚書』より抜粋引用しました。
姫路城
兵庫県姫路市
交通:JR姫路駅から徒歩15分
問い合わせ:姫路城管理事務所 0792-85-1146
堀秀政に風呂を勧めた場面について
『川角太閤記』より抜粋引用しました。
金銀米を分け与えた場面について
『川角太閤記』より抜粋引用しました。
光秀の夢ー旧体制に戻すことについて
出演者である堺屋太一さん、藤田達生さんの共通認識であり、先述の手紙や光秀の行動から、番組でもこのように位置づけました。
細川藤孝の言動ー光秀への援軍を拒んだことについて
『細川家記』より抜粋引用しました。
筒井順慶の言動ー光秀への援軍を拒んだことについて
『多聞院日記』より抜粋引用しました。
大和郡山城
交通:近鉄橿原線・近鉄郡山駅から徒歩10分。
JR関西本線・郡山駅から徒歩20分。  
問い合わせ:大和郡山市役所 ℡0743-53-1151
秀吉の中川清秀宛の手紙(6月10日付)
番組内の、「我が軍は、明日には、兵庫西宮の辺りまで到着する予定である」という内容の手紙原本は、福井県・宇野茶道美術館が所蔵しています。
摂津衆とのやりとり・人質について
『川角太閤記』より抜粋引用しました。
光秀の作戦・思惑
『明智軍記』より抜粋引用しました。
大阪市立大学学術センター(代表℡06-6605-2011)が所蔵しています。
秀吉の思惑
『中川家記』より抜粋引用しました。
竹田市歴史資料館(℡0974-63-1923)が所蔵しています。
天王山の争奪戦について
天王山の争奪戦については、その有無も含め色々と議論されてきましたが、『中川家記』など信頼度の高い史料に記述があること、天王山争奪戦の記載がある史料が圧倒的に多いことなどから、番組でもこれを取り入れました。また、戦った武将についても様々な記述がありますが、秀吉側の中川清秀は、ほぼすべての史料に名が載っており、採用しました。天王山の意義につきましては、あい路を押さえる物理的な意味合いと、心理的な効果を含めて、これを大きく評価しました。
旗立松  天王山7合目にあります。
織田信孝・丹羽長秀を待っていたこと~
やりとり(涙を流した云々)について
『浅野家文書』より抜粋引用しました。
中川清秀とのやりとり(「骨折りであった」云々)
中川家譜』より引用抜粋しました。
 

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彩色

■字幕

部份日语字幕

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