その時歴史が動いたDVD 第47回 秀吉-家康 たった一度の直接対決 ~天下取りの知恵くらべ~日本NHK纪录片 

 

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その時歴史が動いた  DVD

 第47回
秀吉-家康 たった一度の直接対決
~天下取りの知恵くらべ~

松平定知 アナウンサー
番組概要
その時:天正14(1586)年10月27日
出来事:秀吉、家康を大坂城に呼び寄せ、臣下の礼をとらせる
織田信長死後、いまだ天下の行方が定まらない時に一躍後継者として踊り出した秀吉。それに待ったをかける家康。二人は天正12年に尾張の小牧長久手で対決する。両雄のたった一度の直接対決だ。  秀吉は家康に4倍の兵力を持ちながら局地戦で完敗、撤退することになる。ところが2年後、大坂城で二人が会見した時、二人の立場は逆転、秀吉は家康に臣下の礼をとらせた。  なぜ負けたはずの秀吉が家康を臣下とし、天下人となったのか。 今年2月、三重県久居市で、小牧長久手の合戦時の、秀吉軍の砦の跡と考えられる遺構が発掘された。家康と同盟していた織田信雄を攻撃するために、秀吉が最前線基地として築いたものと考えられる。家康に局地戦で敗れても、同盟者の信雄を降伏させて有利に戦いを展開しようとする秀吉の多面的戦略がうかがえる。  新しく発見された現場や資料などを紹介しながら、一度敗れた秀吉が巧みな外交戦略で家康を凌駕し、真の意味で天下統一を果たした瞬間を描く。
番組の内容について
三重県で発見された砦の跡について
この砦の跡は、三重県久居市教育委員会が主体となって進めている、上野遺跡での発掘調査で発見されたものです。 今年2月、三重大学助教授の藤田達生さんらによって、この砦は小牧?長久手の戦いと同時期に、「秀吉」によって築かれたものだとする研究が発表されました。同時に、新聞などでも報道されました。一方で、この砦は、秀吉の敵であった「織田信雄」によって築かれたと考えるべきだという説もあります。  発掘調査の主体である久居市教育委員会は、この遺跡について、いつ、誰が、何のために築かれたものかという特定をまだしておりません。 番組では、こうしたことを配慮した上で、「秀吉が築いたと考えられる砦の跡」と いう表現(コメント)を取りました。また、三重大学の藤田さんのインタビュー、ゲスト出演者である静岡大学教授の小和田哲男さんのお話については、両氏が考えるところをお話しいただきました。
小牧山について
小牧山は、愛知県小牧市にある85.9メートルの山です。山全体に遊歩道が整備されています。麓から頂上まで歩いて15分程度です。頂上には、戦国時代の天守閣を模した小牧市資料館が建っています。 また、小牧山には、家康が築いたと考えられる堀や土塁の跡が残されています。 家康は、信長が築いた城跡を利用して、小牧山全体を要塞化したと考えられています。 現在、小牧市教育委員会によって発掘調査が進められ、家康が築いた堀や土塁の様子が、明らかにされつつあります。
長久手古戦場について
愛知県長久手町には、「長久手の戦い」にまつわる史跡が、数多くあります。 激戦地だった跡は、長久手古戦場公園として整備され、長久手町郷土資料館のほか、池田恒興や息子の元助の墓があります。また、家康が軍議を開いた色金山(色金山歴史公園)や、家康が本陣をおいた御旗山など、戦いの史跡が残されています。
旭姫の供養塔について
番組で紹介した「旭姫の供養塔」は、静岡県静岡市の瑞龍寺にあります。 供養塔を見学することはできますが、一般のお墓の中にあるので、お静かに願います。 秀吉の妹?旭姫は、家康に嫁いで4年後、京都で没します。秀吉は、旭姫の亡きがらを京都の東福寺に埋葬し、境内に南明院を建立して菩提を弔いました。南明院には、今も、旭姫のお墓があります。 秀吉はまた、駿河の瑞龍寺に、供養塔を建立しました。生前の旭姫が、足繁くこの寺に通っていたからです。番組で紹介した供養塔は、こちらのものです。
羽柴秀吉画像(干菜山光福寺所蔵)
徳川家康画像(大阪城天守閣所蔵)
川角太閤記(東京大学総合図書館所蔵)より引用(現代語訳)
「昔から今にいたるまで、どこにも先例がないことを、この秀吉がするのだ」 「いよいよ、勝負の時である」
織田信長画像(長興寺所蔵)
明智光秀画像(本徳寺所蔵)
織田信雄画像(愛知県?総見寺所蔵)
信雄の書状より引用(原典は東京国立博物館所蔵) 「羽柴天下之儀恣之働(秀吉は天下をほしいままにしている)」 四国の大名?長宗我部氏に宛てた書状に記されています。
家康方の命令書
「十五をはじめ、六十をかぎり、一人も残らずまかり立ち候」 「もち道具は、弓?てっぽう?やり」  
池田恒興画像(龍徳寺所蔵)
『小牧長久手合戦図屏風』(大阪城天守閣所蔵) この戦いを描いた屏風は、複数存在しています。今回は、大阪城天守閣に所蔵されている屏風を撮影?放映させていただきました。
『甫庵太閤記』より引用 「金の扇の馬印、嶺わきより朝日の出るが如く、おし上りたり」 (峰の傍らから、家康の金の扇の馬印が、朝日の昇るように見えてきた)
『川角太閤記』より引用 「御分別御工夫、中々、枕を御わらしなさるる」 (秀吉は、あの手この手を考え悩んでいた
旭姫画像(南明院所蔵)
『徳川実紀』より引用 「秀吉の心中、いまだ計りがたし」
秀吉から家康への書状(写し?『朝野旧聞褒稿』掲載?現代語訳) 「来年春、筑紫へ出陣するが、その話し合いをしたいので、かたじけないが当方までお越しいただきたい」 「ついては、二人とこれ無き老母を、浜松へ送る」
なか画像(大政所?大阪城天守閣所蔵)
『川角太閤記』より引用(現代語訳) 「これはどうしたことです。昔から今にいたるまで、天下人が自分より下の者へ人質を出したという例は、聞いたことがありません。もっての外のことと思われます」(家臣) 「おのおのが話すことはもっともである。しかしながら、昔から今にいたるまで、全く先例がないことを秀吉が行ったと、日本ののちの記録に書き留めるべきである」 「いよいよ、勝負の時である」(秀吉)
『徳川実紀』より引用(現代語訳) 「自分は今でこそ高い位に上り、日本全国を席巻しようとしているが、元々が低い身分なので、大名たちが心から服従してくれない。そこで頼みがあるのだが、明日の会見では、どうか秀吉の面目が立つよう、ご配慮をお願いしたい」(秀吉)
『名将言行録』より引用 「徳川三河守」(秀吉の家臣) 「上洛大儀」(秀吉)
豊臣秀吉画像(逸翁美術館所蔵)
 
番組内で使われた資料などの所蔵先一覧 
 
参考文献
『豊臣秀吉』(小和田哲男著?中公新書)
『徳川家康』(二木謙一著?ちくま新書)
『長久手町史 資料編六 中世』(愛知県長久手町発刊)
『劇画小牧長久手の戦い』(愛知県長久手町発刊)
『長久手合戦物語』(柴田義雄著)
『賤ヶ岳合戦図 小牧長久手合戦図』(中央公論社)ほか

 

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