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第五回
新選組参上!池田屋事件に賭けた若者たち
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松平定知 アナウンサー |
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番組概要
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その時:元治元年1864年6月5日 午後10時
※当時の時刻で言う、「四ツ時」 |
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出来事:池田屋事件 |
その時:元治元年1864年6月5日 午後10時
※当時の時刻で言う、「四ツ時」
出来事:池田屋事件
テロを計画していた長州藩士を中心とする過激派の藩士たちを、新選組が斬り捨て、幕末動乱のきっかけを生んだ池田屋事件。
実は、池田屋にいた勤王の志士たち、二十数人に対し、邸内に突入した新選組は、わずか四人だった。勝利の背景には、武士身分でないが故に、手柄を挙げて、武士になりたいという隊士たちの悲壮な思いがあった。
近年、発見された新選組隊士の手記を基に、新選組の結成に至る経緯から、池田屋の突入にいたる迄を辿り、若者たちの情熱が、歴史を動かした瞬間を描く。 |
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番組の内容について
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主な配役
近藤勇・菊地 聡
土方歳三・上田 幸治
沖田総司・桜木 誠
永倉新八・執行 朱人
藤堂平助・松井 克之開
新選組の選の字について
「せん」の字については、しんにょうの「選」と手へんの「撰」のどちらが正しいかという議論がある。当時の公用文書でも、どちらも使われているので、どちらも正しい。
今回は、ゲストの浅田さんが、「選」を使っておられる事、そして最近の教科書や、市販の本なども、しんにょうの「選」の方が、一般的という理由で、「選」とした。
発見された新資料について
「浪士文久報国記事」(ろうしぶんきゅうほうこくきじ)
個人所蔵のもので、公開はしていません。
この文書を解説、読み下した本が出版中。
「新撰組戦場日記」 著者 木村幸比古(きむらさちひこ)
PHP ¥1524
円
司馬遼太郎さんの言葉
「池田屋事件が無かったら、あの薩長による明治維新は永遠に来なかった」
「燃えよ剣」上
新潮文庫
ゲスト浅田次郎さんについて
浅田さんは、1998年から週刊文春にて、新選組をテーマにした小説を執筆。
2000年4月22日に発売。「壬生義士伝」(みぶぎしでん)文芸春秋社
近藤勇 肖像
白虎隊記念館
℡0242-24-9170
近藤勇の生家跡
東京都調布市野水1の6 史跡として残っています。
JR三鷹駅から、多磨墓地行きバス。龍源寺下車。西へ百メートル。
土方歳三 肖像
土方歳三記念館
永倉新八 肖像
新選組研究家 山村竜也氏所蔵
新資料の道場時代の様子
「国事を憂い、議論」
新資料の浪人募集時の様子
「一同大いに慶び、同士申し込み」
京都についてすぐの近藤勇の手紙
「京都の地は危険であるが、命を捨てる覚悟」
小島資料館蔵 東京都町田市小野路町950番
℡0427-36-8777 公開はしていません。
新選組が、寝泊まりしていた民家
八木邸 一般公開中 午前10時~午後4時迄後
月、火休館日
住所:京都市中京区坊城通り四条南入西側
和菓子屋、京都鶴屋
代表取締役 八木喜久男
℡075-841-0751
インタビュー
前掲
新選組屯所 八木邸主人 八木喜久男さん
忠臣蔵の錦絵
「義士仇討之図」
赤穂市立博物館 ℡07914-3-4600
歌舞伎の忠臣蔵の衣装を真似た。
永倉新八「新撰組顛末記」(新人物往来社)より
新選組の結成年
文久三年1863年 8月18日 会津藩より新選組の名前拝命。市中見回りを命ぜられる。
新選組隊士の年齢
「新選組辞典」「新選組日誌」(ともに新人物往来社)より
※沖田総司の年齢は、二つの説があるが、「京都上洛時の名簿」を重視し、天保13年生まれ説を採用した。
新選組の警備地域
西本願寺と、祇園周辺
慶応2年7月の記録より
小田切リポーターが歩いている祇園の場所
京阪電車 四条駅下車 四条通東八坂神社周辺
京都祇園ホテルの北側と南側付近の路地
死番の説明
「桑名藩京都所司代中の事情」「新選組日誌」上より
リポーターが死番の説明をしている家
「すっぽん料理 大市」元禄から残る民家です。
℡075-461-1775
新選組の掟
第一条「士道にそむくまじき事」
※原資料では、「士道にそむきまじき事」ですが、意味を伝える為、分かりやすい日本語にしてます。
新選組隊士死亡原因
新選組研究家、菊池明氏作成
(「新選組辞典」「新選組日誌」等編纂者)
「みぶろう」の文字
壬生の浪人の意味
当時の瓦版より
(個人蔵 多田敏捷氏 非公開)
新選組が援軍を要請した京都守護職
会津藩本陣 金戒光明寺
京阪電車 丸太町下車
京都市左京区黒谷町111
近藤の手紙
「男児なし」
前掲 小島資料館蔵
東京都町田市小野路950
570人の兵
「肥後藩国事史料」の記録を採用。
池田屋事件跡
現在は、「ピエロ」というパチンコ屋の店先に碑が立っているのみ。
京阪電車 三条駅 下車 三条通 西へ3分
京都市中京区河原町三条東入る北
池田屋推定復元図(コンピューターグラフィックス)
監修:
平面図 益田兼房(東京芸術大学教授 美術学部)
立体図 中村昌生氏 (京都工芸繊維大学 名誉教授
藩士たちの動き分析 前掲 山村竜也(新選組研究家 「新選組日誌」等編
纂所)
※これまで、通説では、二階表口側の部屋にいたと考えられていましたが、今回の発見史料で、「奥の階段を上がり」とあり、奥側の階段を上がった部屋と分かりました。
近藤の斬り込み時の言葉
「御用改め、手向かいいたすにおいては、容赦なく斬り捨てる」
前掲「浪士文久報告記事」より
近藤勇墓
龍源寺 東京都三鷹市大沢6-3-11
朝廷の感謝状
霊山歴史館 蔵(展示はしていません)
京都市東山区清閑寺霊山町1075-531-3773
℡075-531-3773
萩城写真
萩市郷土博物館 蔵
萩市江向
℡083-825-6447
永倉新八 (晩年)肖像
月形樺戸博物館 北海道樺戸郡月形町264-2
℡0126-53-3443
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