|
第7回
織田信長-勝利の方程式 |
|
松平定知 アナウンサー |
|
番組概要
|
|
その時:天正3年(1575)5月21日 |
|
出来事:織田徳川連合軍、武田勝頼軍を?設楽原の戦いに破る |
|
戦国乱世を代表する二大勢力?織田信長と武田勝頼は、長篠?設楽原で雌雄を決する一戦に臨んだ。
この戦いでは武田騎馬軍団が、織田信長軍の「鉄砲三段撃ち」という新戦法の前に敗北を喫した、といわれてきた。ところが最近の研究と現地調査からは、従来のイメージとは異なる合戦の様相が浮かび上がってきている。「鉄砲三段撃ち」は本当に行われたのか、織田軍が密かに陣地に築き上げていたものとは何か、戦国最強といわれた武田軍を壊滅に追いやった秘策とは…。 |
|
番組の内容について
|
番組の内容について
「影武者」
(黒澤 明 監督作品)
1980年 東宝株式会社
織田信長肖像
長興寺蔵(愛知県豊田市長興寺1-29)
武田勝頼肖像
持明院蔵(和歌山県伊都郡高野町高野山455)
「信長公記」(しんちょうこうき)
信長の家臣?太田牛一が日記に基づいて記録した織田信長の軍記。信長の一代記としては最も信頼性が高いとされる。
設楽原の様子を表した古地図
竹広公民館(愛知県新城市)保管。古地図の年代は江戸末期。郷土史家の夏目利美さんが地元に残る検地帳と照合した結果、戦国時代の土地の状況そのままだという。
設楽原(したらがはら)
愛知県新城市内。JR飯田線?三河東郷駅下車、徒歩10分。現地には、長篠合戦を 紹介した新城市設楽原歴史資料館、復元した馬防柵などがある。
新城市設楽原歴史資料館(新城市竹広字信玄原552)
「改正三河後風土記」(かいせいみかわごふどき)
江戸時代の史料。合戦前後の天候を記す史料としては比較的古いもの。
雨中での鉄砲実験
指導:澤田 平さん(堺鉄砲研究会代表)
泥田での三段撃ち実験
協力:設楽原鉄砲隊、指導:所荘吉さん(銃砲史学会理事長)
実験場所:設楽原の馬防柵前の水田
「信長公記」の記述
「御身方一人も破損せざる候様に御賢意を加へらる」
長篠合戦に参加した豪族の子孫
阿部重幸さん(愛知県南設楽郡鳳来町在住)
「三州長篠合戦記」(さんしゅうながしのかっせんき)
成立年代未定。信長の陣城に関する記述が最も詳しい史料。
「長篠合戦図屏風」
よく知られたものは徳川美術館蔵(豊島区目白3-8-1)
陣城の様子を伺わせるものは名古屋市博物館蔵。
名古屋市博物館蔵の屏風は、慶長から元治年間に描かれたと考証されている。
名古屋市博物館(名古屋市瑞穂区瑞穂通1-27-1)
陣城の跡が残る山
設楽原の織田軍陣地
弾正山の北部の山
陣城跡発見者
池田誠さん。中世城郭研究家。30年間に及ぶフィールドワークで、全国の山城跡を調査。主な発表媒体は毎年発行される論文集「中世城郭研究」。長篠合戦の陣城に関 する研究論文は、1992年度の当該雑誌に所収。
陣城跡の復元
考証
池田誠さん。現地調査された池田さんが作成した縄張図面に基づいて作成。
長篠城址
長篠城址史跡保存館(愛知県南設楽郡鳳来町長篠字市場22)
長篠城発掘跡
発掘は今年2月。近く埋め戻される予定。
発掘担当者:七原恵史(よしふみ)さん(日本考古学協会員)
武田勝頼の書状
三浦右馬助宛(「新編甲州古文書」)
東京大学史料編纂所蔵(文京区本郷7-3-1)
豪雨の中での視界実験
京都大学防災研究所宇治川水理実験所(京都市伏見区横大路下三栖東ノ口)
監修:今本博健さん(京都大学防災研究所教授)
合戦の再現に際して依拠した史料
「信長公記」(国立国会図書館蔵)
合戦当日の信長の書状
長岡藤孝宛(細川家文書)。永青文庫蔵(文京区目白台1-1-1)
武田勝頼書状
(天正3年8月10日付)
岡修理亮宛。『真田家文書』(長野市)所収。
真田宝物館蔵(長野県松代町松代殿町4-1)
信玄塚
信玄台地上、新城市設楽原歴史資料館のすぐ近くにある
火踊り(ひおんどり)
毎年お盆に信玄塚前で執り行われる祭。
番組内で使われた資料などの所蔵先一覧
参考文献
参考文献:
「信長公記」(新人物往来社)
「長篠の合戦」(山日ライブラリー)
「長篠の戦い」(学研)
「鳳来町誌 長篠の戦い編」(鳳来町教育委員会)
「信長の戦国軍事学」(洋泉社)
「長篠?設楽原合戦の真実」(雄山閣)
「鉄砲と日本人」(洋泉社)
「戦国合戦図屏風」(新人物往来社) 他多数
|