その時歴史が動いたDVD第89回外交の要は誠実にあり~国際社会と闘った男たち~日本NHK纪录片

 

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日本语世界--影片介绍

その時歴史が動いた  DVD

第89回
外交の要は誠実にあり
~国際社会と闘った男たち~ 

松平定知 アナウンサー
番組概要
 
 
3人のその時
陸奥宗光 明治27(1894)年7月16日
日英通商航海条約調印
牧野伸顕 大正8(1919)年4月11日
ベルサイユ講和会議、日本提出の人種差別撤廃案、採決の時
松岡洋右 昭和15(1940)年9月27日
日独伊三国同盟が締結される

3人のその時
陸奥宗光 明治27(1894)年7月16日
日英通商航海条約調印
牧野伸顕 大正8(1919)年4月11日
ベルサイユ講和会議、日本提出の人種差別撤廃案、採決の時
松岡洋右 昭和15(1940)年9月27日
日独伊三国同盟が締結される
開国以来日本が抱えてきた課題は、諸外国といかに接していくか、国際社会の中でどのような立場を獲得していくかということであった。 ペリー来航を起点にその後100年にわたっていくつかあった外交のターニングポイント。その中で明治、大正、昭和から一つずつ事例を取り上げ、その時外交の表舞台に立った人物の決断を描く。

番組の内容について
三人の残した言葉について
※まず、番組の最後でまとた三人の言葉から記します。


陸奥宗光のことば
「日本人には「ノー」と云ふことの出来る者が少くて困る。
蓋し自身は「イエス」よりも多く「ノー」と云った。
少なくとも確かに「イエス」と云ふことの出来ぬ場合には、一時遁れ乃至妥協的に「イエス」と云はず、何時も無遠慮に敢然として「ノー」と云った。
それを誠実の行為と信じたのである。」
陸奥広吉「父陸奥宗光を語る」より」

牧野伸顕のことば
「日本のこれまでの政策は正義公正を標榜するが、行動の実際は右の方針に合致せず、列国から裏おもての多い不信の国とみなされてきた。今や自分は重圧を帯びて渡欧するにあたり、正道を踏んで弱国を助けることを主張したい。」
「外務省の百年より」

松岡洋右のことば その松岡が語った外務大臣就任の挨拶
(1940年7月23日)
「本当に複雑怪奇の絶頂に達しつつあるこの際、外交上においては我々は一致結束して、真っ黒になってこれに対処していくほか途がないのでありまして、ことに今日の世界の形勢を以てしては外交機関というものが一番責任があるのではないか、とさえ私は思うのであります。」
松岡洋右ーその人と生涯」より

その他の言葉
陸奥が残した政治に対することば
明治二十二年三月二日、井上馨宛の手紙より。
国立国会図書館所蔵。該当部分の原文は以下の通り。
・・・(前略)・・・
抑モ政治ナル者ハ術(アート)ナリ、学(サイエンス)ニアラズ。
故ニ政治ヲ行フノ人ニ巧拙(スキール)ノ別アリ。
巧ミニ政治ヲ行ヒ、巧ミニ人心ヲ収攬スルハ、即チ、実学実才アリテ広ク世勢ニ練熟スル人ニ存シ、決シテ白面 書生机上ノ談ノ比ニアラザルベシ。
亦タ立憲政治ハ専制政治ノ如ク簡易ナル能ハズ。
故ニ其政治家ニ必要スル所ノ巧且熟ナル者モ、一層ノ度ヲ増加スベシ。
将又タ政治熱ニ浮サレタル人民ハ、恰モ恋慕熱ヲ煩フ少年ノ如ク、迷夢一覚ノ秋ニ至ル迄ハ、殆ド其良心ヲ失フモノノ如キ状アリ。
而シテ、此政治熱ナル者モ、我国ニモ将来毎々流行スルコトナルベシ。
之ヲ医治スルノ術如何ト云ヘバ、唯ダ人民ノ意欲(パッション)ニ訴へ、其意欲ヲ制限スルニ在ルベシ。
決シテ新奇ナル(実ハ陳腐ナル)哲学主義ヨリ理解(リーズニング)シ得ベキモノニアラズ。
此辺之真味、唯ダ智者ト談ズベく、愚者に語るべからず。
・・・(後略)・・

松岡のことば
「三国同盟の締結は、僕一生の不覚だったことを、今更ながら痛感する。これを思うと、死んでも死にきれない」
『欺かれた歴史 松岡と三国同盟の裏面』
(斉藤良衛著 読売新聞社)より

牧野伸顕の名前の読み方について
「まきの・のぶあき」が本名ですが、通称で「まきの・シンケン」と呼ばれることもあるようです。よって番組内では、両方の呼び方をしております。

牧野伸顕は誰の子供か?
大久保利通の次男。

< 陸奥宗光について>
明治維新を成し遂げた日本。
しかし近代国家として脱皮するには大きな壁があった。
欧米諸国と結んでいた不平等な条約である。
この条約の改正に成功した外務大臣・陸奥宗光の決断を描く。

今回使用した陸奥及び妻・亮子の写真
陸奥の孫、陸奥陽之介さん所蔵のものを借用。

東京・芝公園での少女暴行事件について
明治初期に書かれた条約改正についての論文、馬場辰猪「条約改正論」や田口卯吉演説の「条約改正論」にあげられた事例より。

ヨーロッパで記した「研究ノート七冊」
イギリス、及びウィーンでの研究が記されている。
陸奥陽之介氏所蔵。神奈川県立金沢文庫に委託されている資料。

妻・亮子への手紙
外遊中のものは50通にのぼる。国立国会図書館所蔵。

陸奥の条約改正案
陸奥宗光の条約改正案は、前任の青木周蔵外相の案を踏襲しつつ修正したもの。今までの外相の改正案は、条約が発効しても数年間は領事裁判権が継続する形をとっていたが、陸奥は、条約の調印から発効までに法制度を整備するための時間を置き、発効後は領事裁判権を全廃する形をとった。
不平等条約のもう一つの懸案・関税自主権の回復については、一部の重要品目に限って税率を変更するのにとどまった。

主な参考文献・目録
「陸奥宗光 上下」萩原延壽(朝日新聞社)
日本の名著「陸奥宗光」萩原延壽(中央公論社)
「陸奥宗光 上下」岡崎勝彦(PHP研究所)
日本の近代3「明治国家の完成」御厨貴(中央公論新社)

< 牧野伸顕について>
1919年、第一次大戦後に行われた講和会議で、人類史上初めての大規模な平和維持機構、国際連盟が討議される。
日本全権の牧野は、人種差別の撤廃項目をうたおうとするが、大国の利害のぶつかり合いの中で否決される。
20世紀の人種差別撤廃運動の先駆けとなった牧野のドラマを描く。

開会式フィルム
アメリカ国立公文書館
出席者名簿
英国公立記録保管所
牧野伸顕写真
前掲牧野家
ホテルの映像
フランスコンコルド広場前にあるホテル、クリオン当時、アメリカ代表団の宿舎でした。
開会式写真 毎日新聞社
ロバートセシル写真
前掲牧野家 国際連盟写真より

牧野伸顕回顧録より
「今度はアイルランドの人があいたいと言う。
これは婦人で、『自分たちの国はイギリスから歴史的にひどい目に遭っている。我々の境遇を察して、一つ演説をしてもらいたい』という話しだった。」

主な参考文献
「日本外交文書」~巴里講和会議経過概要
「外務省の百年」  原書房
「国家と人種偏見」 TBSブリタニカ
「牧野伸顕日記」  中央公論社
「牧野伸顕回顧録」 文芸春秋新社

< 松岡洋右について>
ヨーロッパで第二次世界大戦が始まって1年後、日本はヒトラー率いるドイツ、ムッソリーニ率いるイタリアと軍事同盟を結んだ。 この後日米関係は破局への道をたどり、翌年開戦に至る。
日本はなぜ、アメリカと対立し仮想敵国とする同盟を結んだのか。
この同盟締結に中心的役割を果たしたのは、当時の外務大臣・松岡洋右。松岡がすすめたソ連をも同盟に加えた4国協商構想はやがて破綻し、日本は破滅への道を進むことになる。
日独伊三国同盟の締結に秘められた松岡の思いと、日本の運命を変えた瞬間を描く。

日独伊三国同盟条約調印式の映像
(1940年9月27日)
今回、ドイツ連邦アーカイブから、取り寄せました。

日独伊三国同盟条約調印書
日本の物は、外務省外交史料館に所蔵されています。
新聞記事「外務空前の大異動」
1940年8月23日付の大阪毎日新聞より。

「対ソ関係ハ是ト日満蒙間国境不可侵協定」史料
松岡が日独伊にソ連を加えた四国協商の方針表明した史料。
京都市の陽明文庫に所蔵されています。

松岡外相がドイツを訪問する映像
(1941年3月~4月)
前述の三国同盟調印式と同じく、ドイツ連邦アーカイブから取り寄せたものです。

松岡自身の著作を中心に構成してあります。
また、以下の書籍なども参考にしました。
『松岡洋右 その人と生涯』(松岡洋右伝記刊行会編、講談社)
『松岡洋右 その人間と外交』(三輪公忠著、中公新書)
『欺かれた歴史 松岡と三国同盟の裏面』(斉藤良衛著 読売新聞社)

松岡の言葉
「アメリカ人には、たとえおどかされても、自分の立場が正しい場合には、道を譲ったりしてはならない。対等の立場(あるいは待遇)を欲する者は、対等の態度で臨まなければならない」
→知人や記者などに語った言葉です。

新聞記事「外務空前の大異動」
1940年8月23日付(異動発令の翌日)の大阪毎日新聞より。
当時、この人事は、外務省の親(英)米派を一掃するものであったと報じられました。

御前会議の映像
当時の資料に基づき、再現撮影したイメージ映像です。

原嘉道枢密院議長と松岡外相のやりとり
原枢密院議長
「この条約の発表によって、日本の態度が明白となれば、アメリカは日本に対して、経済圧迫を加え、石油、鉄を禁輸し、長期にわたり日本を疲弊せしめ、戦争に堪えないように図るものと考えられる」
松岡外相
「いまやアメリカの対日感情は極端に悪化していて、わずかの機嫌取りくらいでは屈服するものではない。ただわれわれの毅然とした態度だけが、戦争を避けしめうるであろう」
原枢密院議長
「アメリカは自負心の強い国である。したがって、わが国の毅然たる態度の表示が、かえって反対の結果 を、促進することがないだろうか」 松岡外相 「なるほどアメリカは、一時硬化するかも知れないが、冷静に利害を計算し、冷静な態度に立ち帰るべしと考えられる」
→防衛研究所図書館所蔵の御前会議録資料より。

日独伊三国同盟条約調印書
日本の物は、外務省外交史料館に所蔵されています。

日独伊三国同盟締結の祝賀会
東京の外相官邸で開かれたもので、『日本ニュース』より使用しました。

松岡外相がドイツを訪問する映像
前述の三国同盟調印式と同じく、ドイツ連邦アーカイブから取り寄せたものです。
 

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