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第93回
新選組 鳥羽伏見に散る
~旧幕府軍大敗北の真相~ |
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松平定知 アナウンサー |
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番組概要
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その時:慶応4年、1868年1月6日正午 |
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出来事:鳥羽?伏見の戦いで、旧幕府軍が敗れる |
京都?伏見の一角に、格子窓の一部が銃弾によってえぐり取られた旧家が残されている。これは、幕末から明治に移ろうとする時代、薩摩の西郷隆盛率いる新政府軍と、徳川慶喜を総大将とする旧幕府軍とが戦った「鳥羽伏見の戦い」の激戦の様子を今に伝えるものだ。
この激戦で、旧幕府軍の先鋒として戦ったのが新選組?土方歳三。土方は、幕府を倒した薩摩と長州に怒りを覚えていた。「薩摩と長州が幕府にしたことは弟が兄を討ち、家臣が主君を征するようなものだ。断じて許せぬ
」。土方は幕府への忠誠を誓い、最前線で戦い続けた。
しかし土方達新選組は、旧幕府軍内部の矛盾に苦しむ。意志決定のできない軍の首脳部。状況をわきまえない命令。そして相次ぐ味方の裏切り。土方は苦戦の末、ついには撤退せざるを得なくなる。
兵力に勝っていた旧幕府軍が、なぜ、どのように敗れたのか。新選組?土方歳三の目を通
じて、幕末から明治へと日本を大きく動かした決戦?鳥羽伏見の戦いの真相を描く。 |
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番組の内容について
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「新選組」か「新撰組」か
どちらの呼称も使われていました。
便宜的に「新選組」で統一しました。
新政府軍の「錦の御旗(錦旗:きんき)」は日月模様(丸い模様)と菊の模様が登場するが、どちらが事実か戦いの前の慶応3年の段階で用意されていたのは「日月」模様だったが、戊辰戦争が終わるころは菊の紋の旗が増えていたらしい。「鳥羽伏見の戦い」についてはくわしい記録がないが、新政府発足当初から公印等に菊の紋が使われていたことなどから、「日月」「菊」両方の錦の御旗がすでに使用されていたと考えられている。
鳥羽伏見の戦いの際の、新選組、旧幕府軍、新政府軍両軍の行動は何に依拠したか
①土方歳三をはじめとした新選組の行動については、二番隊組長(二番隊長)の永倉新八が残した二種類の記録(「新選組顛末記」「浪士文久報国記事」)に基づいた。
②会津藩の行動は「会津戊辰戦記」に依拠した。
③陸軍奉行竹中重固については、松浦玲「幕末?京大阪 歴史の旅」、大山格「真説戊辰戦争②」に依拠した。
その他両軍全般については、戊辰戦争研究の基礎資料である大山柏(かしわ)氏の「戊辰役戦史(ぼしんのえきぜんし)」に依拠した。
戦闘などを図式化したコンピュータグラフィックスは何に依拠しているのか
基本的には「戊辰役戦史」に依拠した。
土方歳三を演じたのは?
沖田さとし氏。大阪を拠点に活躍中の俳優で、昨年6月の「その時歴史が動いた土方歳三 北の大地に散る」でも土方歳三を演た。
土方歳三資料館の開館日?住所
開館日:毎月第三日曜の13時~16時
入館料:大人300円 子供200円
所在地:東京都日野市石田60 (個人宅)
戦場に残された石碑に記された内容
官軍?賊軍というが、いずれも信じるところに従って戦い士道に殉じた。
ここに百年の歳月を閉じ、不幸賊名にたおれたる誇りある人々に対し慰霊碑を建つるを見る。
在天の魂以て冥すべし
(大意)
【資料の所蔵など】
《肖像写真》
「土方歳三肖像」
土方歳三記念館
東京都日野市石田60 ?042-581-4371
「西郷隆盛肖像」
鹿児島県歴史資料センター黎明館
鹿児島市城山町5-1
?0992-22-5100
「徳川慶喜肖像」
徳川慶朝氏 所蔵
《文字史料》
「浪士文久報国記事」
多田敏捷氏所蔵
ただし現在所蔵者の連絡先?消息不明
「鳥羽伏見の戦いについての瓦版」
ただし現在所蔵者の連絡先?消息不明
「会津戊申戦史」
図書館などにあります
《地図?絵画など》
「錦の御旗、翻る」
靖国神社遊蹴館蔵
「政府軍、淀小橋を進撃」
靖国神社遊蹴館蔵
「近藤勇さらし首の図」
小島資料館蔵
《参考文献》
「戊辰戦争」
佐々木克
中公文庫
「戊辰役戦記」 大山柏
「新撰組戦場日記」 木村幸比古
PHP研究所
「新撰組顛末記」
永倉新八
新人物往来社
「新撰組日誌(上下)」菊池明?山村達也?伊藤成郎編
新人物往来社
「土方歳三のすべて」
新人物往来社
「新選組史料集」新人物往来社
「新選組実録」
筑摩書房
※書籍の中には絶版となっているもの、入手困難なものもあります。
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